黒猫について考えてみた。

いつだって世界は観たいようにしか見えない。 自前の色眼鏡に気付いてしまった日からの備忘録。 過去ってどこにあるの? その記憶、絶対に本当だって言い切れる?

実存主義とか言ってみる

またまた同じことを言うようですが、、
引き寄せの法則って言い回しが気に入りませんw
俗に言う引き寄せの法則って、重力みたいなもんだと思うんです。
信じるとか信じないとか、そーゆー問題ではない。(笑)
重力なんてものは、信じようが信じなかろうが地球に住んでいる限り(NASA無重力訓練所の話とか。今はヤメテネ♡)個人的な信念とは関係なく、その影響からは逃げられないんですよっ!?
この法則を活用するかしないかは個人の選択…とかいうレベルじゃないっ。(笑)
いちいち選択しているとの意識もないくらい、上から下にモノが落ちるのは当然。

だ・か・ら、(だから?)どうせなら量子力学とか言いたくなっちゃう。

その方がカッコイいじゃーーーん!♡

とか言うと、観測主体側(自分自身)を変えたらいいような気がしてくるようなぁ…
だって観測主体が結果に影響を与えるんでしょ?
じゃあ、今まで私の人生が思い通りにいかなかったのはそれよりもっと過去の私に原因があるってことでしょ?
じゃあ、過去の原因追求をまずは徹底的に…?

そんなこんなで自責ループからの過去迷子になっちゃったりして。(笑)
で、過去ってどこにあるんだっけ?
8days.hatenablog.com

話は変わりますが…
昔々、ジャン=ポール・サルトルという方が無神論実存主義において、「実存は本質に先立つ」と主張しておられたようです。

ペーパーナイフはその役割(本質)を全うできるようにと、目的をもってペーパーナイフとして作られている(実存)

それに対し、人間はまず存在として生まれ(実存)、自分が何者であるか(本質)は後付けであるとおっしゃられています。
※あくまで個人的な解釈です。

無神論者ならではの理屈でしょうが~~↓

“実存が本質に先立つとは、この場合なにを意味するのか。それは人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、そのあとで定義されるものだということを意味するのである。実存主義の考える人間が定義不可能であるのは、人間は最初は何者でもないからである。人間は後になってはじめて人間になるのであり、人間は自ら造ったところのものになるのである。このように人間の本性は存在しない。その本性を考える神が存在しないからである。

※出典:サルトル実存主義とは何か』

ということらしいので!
(本質)が(実存)の前にあったであろうではなく、
超意訳しますと、、「なんでだろう?」「どうしてかな?」なんて原因を、現在に於いて、過去(と思っている個人的な記憶)に追求しにいくのは徒労なのですっ!

この辺は個人的に「トラウマは存在しない!」のアドラーさんにも通じる気がするんですが…
(課題を分離するアドラーさんしかり…

なんにせよ、過去が現在を引き寄せたわけではないと思うんですよねぇ~~
むしろ、現在が過去(と思っている個人的な記憶)を引き寄せているようなぁ~~

「実存は本質に先立つ」byサルトルさん

「トラウマは存在しない!」byアドラーさん

そゆこと!(`・ω・´)

観測主体の観測行為と目の前の現実は同時に起きておる。

そんなわけで、引き寄せたいモノを想像していれば手元に届く…みたいな話ではないと思うのですよねぇ~~

とは言っても、私も大好きなアインシュタインさんだって、「それならば!月は私が見ているときにだけ存在しているというのか?」なぁんて皮肉っちゃってくれてるので(量子力学の“非因果性”に対する皮肉てきなw?)ほんとうのところは分かりません~~(笑)。

過去の出来事と現在の現状に因果関係はあるのかもしれないし、ないのかもしれない。

ただ、いくら過去を後悔しようが反省しようが、それがなにになるんだwwて思うのです~
全くもって建設的じゃない。(笑)

だって、過去のアレと全く同じアレは今後、未来という時系列があったとしても絶対にないから。
もちろん、似たような事案は発生するかもしれない。
でもさ、まず、もう、時代が違うじゃん?
環境が違うじゃん?
あの人に言われたアレと、この人が言うアレは、同じ“アレ”かもしんないけど、言ってる人は別人だよ?
現在に於いて、過去(と思っている記憶)の反省をするなんてクレイジーだよ!

もちろん、いつまでも自責ループの中で迷子ごっこしていられるというメリットはある!(笑)
だって、今、過去を反省している限り、今、他のことに手を着けるヒマがなくなるもんね?
ぜーんぶ、過去の自分のせいにできるもんねっ!(`・ω・´)
今の自分は責任逃れできるよねっ?

今、(実存)してるの、まず。
(本質)の話はそこから。

本質→実存だとすると、「どーせ…」「やっぱり私なんて…」みたいな悲劇ループにハマりやすいんじゃないかなぁっと思っちゃう次第なのですよぉ。

わたしたちゃ、わたしたち自身(観測者)が幸せになりたいと思ってる限り、幸せにはなれないんだよっ!

だって、幸せになりたいと思う私はまだ、幸せじゃない設定(目線)なんだから。

だから、幸せを引き寄せるなぁんてこたぁ、できないのっ。

そもそもさっ、幸せな私目線で観測してみたら、案外、すでに幸せかもよって話。

敢えて言うなら、、そのように見える記憶が自分の脳内で引き寄せられとるっ。

現在の状態(解釈)が未来(目的)のために在るとするなら…言っちゃえば、自分という存在の在り方(実存)があることで、(本質)を実行し、それらを根拠付ける状態を引き寄せる…とでも解釈できそうですが。

難しい話はいいや~~(笑)

なにはともかく!
実存主義でいこうぜぃぃぃ!(`・ω・´)※注


…ん?じゃあ、過去を後悔し続て、グルグルし続けてるのはダメってこと?
いぃやぁ~~もちろん、、
「んなこたぁない」ですよっ!♡
(続く………


※注: ワタクシ、唯一無二の信条を持たないことを唯一無二の信条としているようなひねくれ者なのでw!相反する主張をすることが多々あります。(笑)
今回はサルトルさんの主張を支持してみましたが、共産主義を支持しているわけではありません…
あと、個人的にはスタンダールさんが好きです。(聞いてな…w


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↑ノリが軽いの好きです。(笑)